出たっきり邦人@ポーランド第8回「国歌」

海外で子育て(by母)

このエッセイは3人の子供を連れてポーランドに住んでいた母が、2008年8月に書いたものです。

「出たっきり邦人・欧州編」というメルマガで配信していた内容を、一部編集して紹介しています。


〓ポーランド・ワルシャワ発〓

ポーランド便り 第8回 「国歌」

オリンピックで、ポーランドも金メダルを3個獲得!スタジアムに国歌を流すことができました。国歌といえば、ケニアで数年育ったわが子たちは、ケニアの国歌が流れていたときもしっかりと口ずさんでおりました。いつまで歌えるんでしょうか?

さて今回は、ポーランドの国歌を簡単にご紹介いたします。

全部で4番までありますが、最初の1番目の歌詞をみてみることにしましょう。

ポーランドは、まだ滅亡してはいない

我らが生きているかぎりは

いかなる外国の軍勢が強奪しようとも

我らは剣で奪い返す

進め、進め、ドンブロフスキ

イタリアの地からポーランドへ

我々はあなたの指揮に従う

あなたの下に我ら国民は結集する

初めにこの歌詞を見たときは「何でイタリア?」と思いました。

この歌を理解するにはちょっとした時代背景を知る必要があります。まず、この「ドンブロフスキ」さん、彼は1797年にイタリアにてポーランド人亡命者を集め、ポーランド(亡命)軍団を統率していた将軍です。

この軍を結成する2~3年前に、ロシア、プロイセン、オーストラリア間でポーランド分割が行われ、ポーランドという国歌は消滅しておりました。この軍団には、亡命ポーランド人らが7000人も集まったようです。しかし、結局は夢見ていたポーランドに到着することも、解放することもできませんでした。そして、この軍隊は崩壊していったのです。

この国歌は1797年のポーランド亡命軍結成時に作られたものです。意気揚々と、これから母国を解放しようとの情熱が感じられます。ちなみにこのマズルカが国歌として定着したのは、第2次世界大戦後らしいです。第2次世界大戦でもドイツとロシアに踏み込まれた悲しい歴史が国民にこの歌を選ばせたのでしょうね。

このドンブロフスキのマズルカ、歌詞は違うけれども、楽曲は旧セルビアモンテネグロの国歌として使用されておりました。そちらのほうの歌詞は「スラブ人よ」というスラブ人への賛歌だったそうです。オリジナルの歌詞はポーランド国歌のほうです。

こちらは2006年にセルビアとモンテネグロが独立したので、国歌として使われなくなったようです。

ところで、ヨーロッパの国歌には過激な歌詞のものが数多くあるのはみなさまご存知ですか? 私もあまり知らないのですが、フランス国歌はかなり血なまぐさいです。

歌詞の中にこんな説があります。どうでしょう?

どう猛な兵士たちが、野原でうごめいているのが聞こえるか?

子どもや妻たちの喉をかっ切るために、

やつらは我々の元へやってきているのだ!

けちをつけるのはやめようかとも思いましたが、平和なこのご時勢、あまりみんなで声を合わせて歌いたいような内容ではないかな?と思ってしまいます。

そして、イギリスの国歌もまるっきり「女王陛下万歳」といっているので、(だってGod save the Queenですよ)。これは非常に新鮮でした。日本も国歌に関してはいろいろな議論があるようですし。

日本の国歌いいですよね。もともとは平安時代の和歌だったとか。和歌として大切な人を「君」として詠んだという解釈が好きですが、「君=天皇」と解釈するのが政府の公式見解だそうですね。まあ、国歌ですからね。それも良いのではないのかと。

人の幸福を願う歌ですし、象徴天皇主義を採用している日本国の末永い幸せを願っていると私は理解しております。在外邦人である私たち家族にとって、母国であり、自分のルーツである日本国にはぜひ千代に八千代に平和で幸せであって欲しいと思うのです。

在外邦人歴が長い人で君が代が嫌いな人ってたくさんいるのかしら?あまりいないような気がしていますが、どうでしょう?色々な考えを持つ人があっての社会ですし、君が代がきらいという人がいるのはずっと続くでしょう。

ただ日本で気になるのは、メディアの論調が偏っている場合、世論もそれにのせられるところがあるような気がします。

まあ、この話はこの辺でおしまいにします。

各国の国歌、おもしろいですよ。書ききれなかったことはたくさんありますので、ぜひいろいろ調べてみてくださいね。

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