「憲法記念日」出たっきり邦人@ポーランド第14回

海外で子育て(by母)

このエッセイは3人の子供を連れてポーランドに住んでいた母が、2009年5月に書いたものです。

「出たっきり邦人・欧州編」というメルマガで配信していた内容を、一部編集して紹介しています。


〓ポーランド・ワルシャワ発〓
ポーランド便り 第14回 「憲法記念日」

ゴールデンウィークはみなさまいかがお過ごしでしたか?
ポーランドも5月1日のメーデー、5月3日の憲法記念日が祝日です。
5月2日も休みをとる人が多く、今年は週末と重なってしまったので大きな連休にはならなかったのですが、週末と重ならないときは大型連休となります。

気がついた方はいらっしゃいますか?
そうです。ポーランドでも日本と同じく5月3日が憲法記念日です。偶然ですけど。

とはいってもこの憲法記念日は1791年にできた『5月3日憲法』を祝ったもので、しかもこの憲法は効力をもっていたのはわずか1年ほどの間だけだそうです。

ちなみに現在のポーランド共和国憲法は、比較的最近の1997年4月2日に採択されたものです。このときに大幅な改正がされました。これ以前の憲法は第2次世界大戦後にソビエト連邦の強い影響下で作成されたもので、まさに社会主義国の憲法だったので、「社会的正義の原則を実現する民主的法治国家である」という大原則のもと各種の改正がなされたようです。

どうして1997年に大幅改正か?1989年にベルリンの壁が崩れたのは記憶に残っておりますが、実はポーランドも民主化されたのは1989年。それから、数年かけて民主化された国家にふさわしい憲法をつくったので、1997年なのです。

さて、現在の憲法のほうは祝日になっておりません。祝日になっているほうの5月3日憲法は、じゃあそれ以上にすごいはず、ですよね。
この憲法はヨーロッパで初めての成文国民憲法でして、世界でもアメリカに次ぎ2番目のものです。時代を追うと、アメリカ合衆国憲法が1788年、ポーランドの5月3日憲法が1791年、ベルサイユのばら時代のフランスで最初の憲法も同年9月に制定されております。
と、この時代のヨーロッパの歴史は複雑に影響しあっいて、面白いけれど、すぐに訳が分からなくなってしまいます。

さて、こんなに画期的なことをやってのけたポーランドでしたが、1年しかこの憲法が機能しなかったのにはまたまた不幸な歴史があります。

こんな革新的な立憲君主国をめざした憲法は、諸外国の王様たちには危険なものにほかなりませんよね。自分たちの権力が減ってしまうのですから。
当時のポーランドの周りには有名どころがそろっておりまして、ロシアのエカテリーナ女王、プロイセン、オーストリア(ちょっと前までマリアテレジア女帝)にポーランドは囲まれておりました。彼らがポーランドに攻め入って、1年後にはこの憲法も効力を失い、1795年にはポーランドは消滅してしまったのです。

ちなみにこのときに大活躍したユゼフ・ポニャトフスキの像は現在の大統領邸の前にあります。馬に乗った勇ましい姿です。この人はポーランド最後の国王の甥にあたります。そして、この大統領邸見学ツアーに行ったときも、何枚か彼の肖像画がありまして、ガイドのおじさんが「彼はイケメンだろ」とほめていたのを覚えています。まあ格好悪くはなかったですけど、そこまででもなかったかも。
ポーランドの歴史上の人物の人気投票をしたら、かなり上位に来ると思います。このユゼフさん。

ポーランドの祝日では、1年ちょっと前から大型店の営業を法律で禁止しておりますので、「ショッピングモールでお買物」という選択肢はありえません。かといって、観光地も混むので、今回の休日は家の掃除をして終わりました。

そしてこちらでは祝日に国旗を掲げるのをよくみます。子供のころの日本みたいです。何かでみた統計では、国民の4分の1が祝日に国旗を掲げるとこたえたとか。確かにうちは敷地に4軒並んでいますが、1軒国旗を掲げていますね。とりあえず、統計どおりか。

バスも国旗をつけて走ります。政府機関などは法律で掲げることになっているみたいだから、バスももしかしたら法律でそうなっているのかもしれません。

国旗の色も赤と白で日本と同じだし、憲法記念日も同じ。ポーランドを少し近くかんじていただけたでしょうか?

それではまた。
Do zobaczenia!

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