出たっきり邦人@ケニア第11回「アンボセリ国立保護区」

海外で子育て(by母)

このエッセイは3人の子供を連れてケニアに住んでいた母が、2006年5月に書いたものです。

「出たっきり邦人・中南米・アフリカ編」というメルマガで配信していた内容を、一部編集して紹介しています。


〓ケニア共和国・ナイロビ発〓

ケニアよもやま話 第11回 「アンボセリ国立保護区」

せっかくケニアに暮らしているのに、なかなかサファリに行かない我が家族…。もったいなーい、とはるばるケニアまで観光に来られる方には思われてしまいそう。原因?なんだろう?

3人の子供のうち、上と下はサファリ大好き、夫もいつでも行く気満々。真ん中の子は、以前、象に遭遇したときに、相当怖かったらしく、それ以来そんなに前向きでもないみたい。でも、一番の原因は私かも。

お手軽なナイロビ国立公園以外は、車で移動すると片道4時間前後のところに位置するところが多く、しかもどこも最後の1時間くらいは、マッサージ機にずっと乗っているような、がたがた道。子供達もうるさいし、かといって、小さな飛行機も怖いし…。

そんな我らが、やっと行ってきました。タンザニアとの国境、アフリカ最高峰キリマンジャロ山(5895m)のふもとにある『アンボセリ国立保護区』。ここは昔、かの有名なアーネストヘミングウェイがハンティングを楽しみ、『キリマンジャロの雪』を執筆した場所。その頃に比べるとかなり小さな公園(392sqkm)になってしまったものの、1000

頭以上もの象がいる、象の楽園。キリマンジャロ山と象、よくケニアの宣伝で使われる風景がここには広がっております。

私達が行ったのは、イースター休暇中。ケニアでは雨季真っ盛りで、ローシーズン。お値段も少し安め。ただし、行ってみても雨で何も見られなかったというリスクつき。私のサファリ嫌いの原因のひとつは埃っぽいこと。それが、雨季ならばいつもほどではない。雨季のサファリはリスクつきだけど、雨に降られさえしなければ、乾季以上にいいかも。草も青々としていて、何だか安心して動物を見ていられる。特に今年の雨不足は深刻だったから、これがその時期なら動物達に水でもあげたくなってしまう。もちろん、手を差し伸べてはだめということは存じております。

ここの象たちは、明らかに以前行った森林型公園のアバーデア国立公園とは違う。何が?人間への構え方が。アバーデアは、森の中なので、私たちにとってもいきなり象が出現してびっくり。象にとっても、道を渡ってみたら、車がいてびっくりなのかもしれない。正直、小象が遠くに行くまで、こっちをじっと見張っている巨大像の存在は怖かったし、表情も険しかった。

ここはサバンナ型公園。こっちも、遠くからでもでっかーい象はよく見えるし、向こうにとっても私達車の動きもよく見え、また見慣れているのでしょう。こっちのことを気にするそぶりさえしない。何度も大群で車の目の前を移動する象に遭遇した。彼らは、見る限りほとんどの時間を沼に浸かって、過ごしているようだ。象に恐怖感を覚えていた真ん中の子も、ここの象たちのおかげで、恐怖感を克服できたよう。

我が家はマイカーで、当てもなくサファリをするのだけれど、たまにすれ違うサファリドライバーが、サファリ報告をしてくれる。今回は「ライオンが○○にいるよ。もし、まだいたらサムと呼んでごらん」、なんていうから、なんのこっちゃ?動物なんて、すぐ動いちゃうんだから、まだいるわけないでしょ。

なんて思いながらも、淡い期待を抱きながら教えられたその場所へ行ってみると、数台の車が止まっている。皆が見ているその先を見てみると、何とお腹を上にして、死んでいるライオンがいる!そっか、病気か何かで死んでしまったんだ。百獣の王、ライオンでも死ぬときは死ぬか…。これは、ハイエナとか、ハゲワシとかが食べるのかな。

などと、感傷に浸りながらも写真撮影。えっ?ライオンの脚が、ぴくって動いた。ってことは、まだ生きている!死にかけって事か。じゃあ、本当に病気かな。仲間のライオンはどこに行ったんだろう。心配してないのかな。えっ、またぴくって動いた。もしかして、もしかすると、こいつはただ単に昼寝をしているだけなの?でも、いくらライオンとはいえ、こんな無防備な姿で寝ていてもいいんですか?

もしかして、あんたがやっぱりサファリドライバーに人気のサム君ですか?などと、彼の生死をめぐって車の中で家族会議。そうこうしているうちに、彼は寝返りをうち、スフィンクス体制になり、車を見回して、あわてることもなく大あくび。あくびを何回もゆーったりと繰り返し、むくっと起き上がり、10mほどのそのそ歩く。すると、車達も一斉移動。

もうその頃になると、このサム君は多分、人間が自分に群がるのをみて楽しんでいるんだ、という話に車内では落ち着き、なんだか動物園にいるライオンを見るのと変わらないような気になってきた。そして、しばらくすると、サム君は車と車の間をわざわざ横切って、夕暮れのサバンナの中に消えていってしまったのでした。

翌日は、ジャッカルらしきものを遠くに発見し、喜んだものの、ジャッカルは車を見て、何と寄ってきた。遠くから歩いてきた。あまり興味がなかったので、車を発進させると何と走って追いつこうとした。これって、もう「餌付けされた犬」の状態。誰ですか?餌を野生動物に与えている人は?

野生動物の保護。ただ単に、種を保存させるのならば、餌を与えればいいのかも知れない。食物連鎖が保てなくなるほどの小さな保護区の中でだけでは、動物達も生きにくいかもしれない。それによって、動物が野生ではなくなるので、サファリが楽しくなくなる、というのはサファリのために動物達が野生でいるわけではないので、本末転倒ということでしょう。

サファリに行くと、解決の出来ない大きな疑問にぶちあたることがしばしばある。アフリカにしか残っていないようなこの風景が、いつまで見られるのだろうか?でも地図をみると、それは囲われた地域。大きなサファリパークでしかないのか?

だから、たまに新聞で田舎のほうで象に踏まれて死んでしまった人の話が載っていると、不謹慎ながらまだまだワイルドライフが残っていることに安心し、それでも野生動物と人間との共存の難しさに考えが及ぶ。

手元にある新聞のコラムに興味深い話が載っていた。「欧米のNGOは、野生動物たちの権利を主張し、狩猟を合法化し、資金を得ることには大反対だ。彼らにとっては、野生動物は『天然資源』ではなく、『大好きなペット』であり、野生動物を殺すものは『冷血な殺戮者』であり、狩猟の合法化を阻止するためなら、大金を注ぎ込むことも惜しまない。」

「南アフリカは狩猟が合法化されており、年間200億円もの収入がある。これは、他の天然資源からの収入と比べても、かなりなもので、この収入のほんのひとかけらでもあれば、ケニアに数多くの学校、病院、水道、道路などを建設することが出来るだろうに…。」

「欧米のNGOは、野生動物の権利を主張し、資金を集め、自分たちのいい生活を維持することに利用するのである。」

などなど、ケニアでの新聞、ラジオでは、しばしば「NGOは自分達を食い物にしている」的な、意見を聞きますが、確かに一向によくならないケニア人たちの生活環境、NGOとはいえ、地元の人と比べれば段違いにいい生活をしている外国人たち、を見ているとそういう気分になってしまうのだろうな、とは思います。

ちなみに、狩猟は、もし合法化されるとしても、ちゃんとハンターにはライセンスを発行し、狩猟可能な動物もかなり制限されるそうです。例えば、「オスで、年老いていて、群れからも離れてしまったような」動物だそうです。詳しくはもっと制限があるのでしょう。

実は、アンボセリ国立保護区でも近隣から安全な保護区に集まってきた象の増えすぎにより、環境が破壊されつつある現状もあるようです。

うーん、難しい。一筋縄ではいかない、この疑問。私の脳みそは、爆発寸前です。少しずつ、いろいろな意見を聞きながら、学んでいきたいですが、永遠に解決不能なような気もします。「絶対に、野生動物は神聖だ!」という、宗教的なまでな信念を持つことが出来る数多くのNGO職員はある意味、幸せだと思ったりするのです。

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