出たっきり邦人@ケニア第2回「子供が売られる!」

海外で子育て体験記(by母)

このエッセイは3人の子供を連れてケニアに住んでいた母が、2005年5月に書いたものです。

「出たっきり邦人・中南米・アフリカ編」というメルマガで配信していた内容を、一部編集して紹介しています。


〓ケニア共和国・ナイロビ発〓

ケニアよもやま話 第2回 「子供が売られる!」

ジャンボ!犯罪の話には事欠かないケニアに暮らし、数ヶ月がたとうとしております。夜は出歩かず、鉄格子だらけの家の中、警備員がうようよしているコンパウンドの中で暮らしております。

でも、子供の誘拐は聞かないなぁ、それは安心してもいいのかしら?などと思っておりましたが、そんなことはまったくないようで、先日こんなこわーい話がありました。

朝8時、友達のお手伝いさんのところに「3才の子供(お手伝いさんの子供)が幼稚園からいなくなった」との第一報が入りました。最近、その子の家が火事で丸焼けになってしまったので、精神的にも不安定だったのでしょう、きっと。「ママー」と、仕事に行ったお母さんを探しに幼稚園から出て行ってしまったらしいのです。

そして、それから一日中子供を捜し市内のいろいろなところを目を皿のようにして回ったけど、なかなか見つからない。そして、奇跡が起こったのでした。一日中その子の母親は雇い主とともに車をつかって子供を探していたのですが、午後3時ごろになってもまだ見つからない。でも、雇い主は子供を幼稚園に迎えに行かなくてはならなくなり、お手伝いさんたちは車を降りて子供を捜し続けることに。そして、お手伝いさんとお手伝いさんのお姉さん、お手伝いさんのもう一人の子供とともに、子供を捜して歩いていたところ、路上にいた3人組がスワヒリではなく部族の言葉で、「今日来た子供はこの子と同じ制服を着ていたよね」と話したのを、さすが母親、ちゃんと聞きとめたのです。ラッキーにも、彼女がその部族の出身で、その言葉を解したのが幸いしました。それからが、ひと騒動。

つまり、その子供は幼稚園を最初に抜け出したときは、お母さんを探していたものの、もちろん3歳児が目的地にたどり着けるはずもなく、すぐに迷い、疲れてしまい、道に座り込み。そこを誘拐犯たちが優しく声をかけ、誘拐成功。または、誰かが誘拐犯たちに彼を安いお金で売り渡したのでしょう。

お手伝いさんたちが誘拐犯たちに「それは、うちの子だ。返せ!」と詰め寄ったものの、「1500シリング(約2000円)払えば返す。」と誘拐犯はいい、もちろんそんな大金普段は持ち合わせているわけはなく、そのとき彼女達が持っていたのはわずか500シリング。「これだけしか持っていないから何とかお願い」とつめより、すったもんだの挙句、交渉成立。子供は無事帰ってきたのでした。でも、もう既にそのときその子は身元をカモフラージュするため違う学校の制服に着替えさせられていたそうで。ここでの誘拐は頻発しているらしく、子供がいなくなったら翌日にはもうどこかに売り飛ばされているはずで、市内で見つけることは難しくなるのが通常だそうです。

そう、今まで誘拐は身代金欲しさにお金持ちが狙われるものだと思っていました。でも、ここではそれだけではないらしい。まさに、人身売買です。その後、注意して新聞を読んでいるとケニアは「臓器輸出国」として悪名高いことが分かりました。これは、大人もだまされて先進国に連れて行かれ、臓器の提供者とされてしまうことも含まれます。誘拐された子がどこに売り飛ばされているのかはいろいろだそうです。紛争地域に兵士として売られる場合もあるようだし、やはり臓器提供者として売られることもあるようです。値段は今回のことから推測するに、1人1500シリング(約2000円)なのかな?大切なわが子が商品のように安い値段で売り飛ばされてしまう現実。信じがたい話ですが、実際に身近に起きたことなので信じざるを得なくなりました。

ケニアに住み始めたときは、こんなに緑が多くて、気候が良いところに住めて、貧しいけれど、もしかしたら日本人よりも豊かな生活を送っているのではないか、と思ったりもしました。でも、水と安全はお金では買えないとはよく言ったもので、安全ではないケニアの生活は私たちにとってはもちろん、ケニア人自身にとっても大変なことなのが少しずつ分かってきました。ケニアの闇を垣間見てしまった出来事でした。

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